『若大将』シリーズのマドンナや怪獣映画のヒロインなどで知られ、若くからその清らかな美貌で国民的女優として人気を博していた星由里子さんですが、2018年5月16日に肺がんと心房細動により死去しています。
星由里子さんの3度の結婚や歴代の夫と子供の情報、死因となった肺がんやタバコが原因説などについてまとめてみました。
この記事の目次
星由里子プロフィール
星 由里子(ほし・ゆりこ)
本名: 清水 由里子
生年月日: 1943年12月6日
没年月日: 2018年5月16日(74歳没)
出生地: 東京都千代田区鍛冶町
死没地: 京都府京都市
身長: 164 cm
血液型: A型
職業: 女優
ジャンル: 映画・テレビドラマ・舞台
活動期間: 1959年 – 2018年
事務所: 東宝芸能
星由里子さんは、5人兄弟の末っ子として東京の神田に誕生。
実家は乾物店を営んでおり、小学校6年生のときには父親ががんによって他界しています。
1958年、14歳のときに東宝が宝塚歌劇団東京公演にちなんで募集した「ミス・シンデレラ娘」コンテストで優勝し、芸能界入り。
“八重歯のシンデレラ”をキャッチフレーズに、映画『すずかけの散歩道』で銀幕デビュー、同タイトルの曲で歌手デビューも同時にしています。
『若大将』シリーズのマドンナ役
星由里子さんの当たり役と言われている、加山雄三さん主演の『若大将』シリーズのマドンナ・澄子。
星さんを「澄ちゃん」と呼ぶファンも多く、『大学の若大将』に出演以降、星さんは8年に渡り『若大将』シリーズに出演しています。
若き日の星由里子
若い頃の星さんも本当にお綺麗です。
現在でも、「かわいい」と注目を集めていますが、当時もその凛とした美貌は、「清く正しく美しく」をモットーとする東宝のお嬢さんイメージの代表とも言われていました。
怪獣映画のヒロインとしても人気に
星さんは、1964年の『モスラ対ゴジラ』『三大怪獣 地球最大の決戦』に出演し、怪獣映画ファンの中でも人気の存在に。
2000年には根強い特撮ファンの後押しを受け、『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』にも出演しています。
星さんは、以降も歳を重ねながらドラマや映画を中心に幅広く活躍。
若い頃の清純派イメージから脱却するように、悪女役などにも挑んでいますが、近年では優しいお母さん役のイメージが強い人も多いようです。
『科捜研の女』
長寿シリーズとして人気の『科捜研の女』では、沢口靖子さん演じる主役・榊マリコの母親役でした。
NHK朝の連続テレビ小説『あぐり』
朝ドラ『あぐり』では、野村萬斎さん演じる望月エイスケの母・光代役を演じました。
1996年公開の映画『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』では日本アカデミー賞優秀助演女優賞、舞台『佐渡島他吉の生涯』では菊田一夫演劇賞なども受賞しています。
星由里子は3度結婚!最初の旦那は横井英樹、再婚・再々婚相手は
星由里子の最初の結婚相手は実業家でホテルニュージャパン火災の横井英樹
星由里子さんは、3度の結婚をしています。
星由里子さんの最初の結婚のお相手は、白木屋乗っ取り騒動や東洋郵船設立などで知られる実業家・横井英樹氏の長男、横井邦彦さんです。
邦彦さんは慶應大学卒で、東洋不動産元社長、山科精工所元社長を務めていました。
1949年(昭和24年)、日本橋交差点の好立地にありながら業績が伸び悩んでいた白木屋に対し、当時繊維関係の商社を経営していた横井英樹が株の買い増しを開始。経営権の獲得を目指し買い占めを行っていたが、1953年(昭和28年)に日活社長の堀久作の持株と合わせると同社の過半数の株式を掌握することが判明したため、両者は共謀。白木屋に対し両者の役員就任等を迫った。
引用:白木屋 (デパート) – 白木屋乗っ取り騒動 – Weblio辞書
横井英樹氏
ヒップホップミュージシャンのZeebraさんは、横井英樹氏の孫であることでも知られています。
Zeebra
Zeebraさんの本名は、横井英之さん。横井英樹氏の長女の息子さんです。
もし星さんと邦彦さんの婚姻関係が続いていれば、星さんとZeebraさんは叔母と甥っ子という親戚関係だったことになります。
驚きですね。
星さんと邦彦さんは、星さんの人気が絶頂だった1969年に結婚。星さんは当時25歳でしたが、結婚まで10年以上交際していたと言われていますので、10代の頃からお付き合いしていたようです。
帝国ホテルで開かれた披露宴には、政財界の要人ら1500人が招待された。ウエディングケーキの高さは仰ぎ見る8メートル、祝宴は5時間以上も続き、史上空前の豪華さと話題に。
だが、80日ほどでスピード離婚。星さんはやつれ果てた姿で記者会見に応じた。
「お騒がせして申し訳ないと謝るばかりです。結婚まで10年以上交際していたのに、一緒に暮らすまでわからなかった面が何かあったのか、真相は語られませんでした」
盛大な結婚式が行われたものの、星さんと邦彦さんは性格の不一致などの理由からわずか3ヶ月弱という短い期間でスピード離婚してしまいます。
この離婚の後、1982年に33人の死者を出したホテルニュージャパン火災が起こり、当時社長に就任していた横井英樹氏はこの責任を問われ実刑を受けることとなっています。
ホテルニュージャパン火災
1982年2月8日の午前3時24分に発生し、ホテルニュージャパンは全焼。
イギリス人宿泊客の寝タバコが直接的な火災の原因でしたが、火災後の横井英樹氏の不適切な対応に世間からは非難の声が殺到し、スプリンクラーを設けていなかったことなどホテルの不備も発覚しています。
また、星さんと離婚した邦彦さんは、2008年に自殺によりこの世を去っていることが判明しています。
自殺理由は事業の不振などと言われているようですが、明らかにはなっていません。
星由里子の再婚相手は脚本家・花登筐
星由里子さんは横井邦彦さんとの離婚から6年後、脚本家の花登筐さんと2度目の結婚をしています。
花登 筐(はなと・こばこ)
花登さんは滋賀県大津市出身の小説家、脚本家で、本名は花登善之助(はなと・ぜんのすけ)さんです。
花登さんは、星さんの15歳年上でした。
昭和30年代の上方喜劇ブームの立役者であり、またテレビ草創期におけるスター脚本家であった。高度経済成長期には、大阪の商人を主人公とした商魂物・根性物を多数執筆した。
移動する新幹線の車内でも原稿用紙に向かい、「カミカゼ作家」「新幹線作家」の異名も取った。最盛期における執筆ペースは月に原稿用紙2000~3000枚、生涯に書いた脚本の数は6000本を超えると言われる。また、劇団喜劇の主幹でもあった。
ラジオの台本作家を経て、昭和33(1958)年『やりくりアパート』(大阪テレビ放送)の脚本・演出でテレビ脚本家としてデビュー。昭和34(1959)年には、出世作となるコメディドラマ『番頭はんと丁稚どん』の脚本を手がけ、喜劇作家として名声を確立する。昭和45(1970)年には、貧乏旅館に嫁いだ女性の奮闘ぶりを描いた『細うで繁盛記』(よみうりテレビ)の脚本を執筆し、大ヒットを記録する。
花登さんもまた、星さんを含め3度の結婚をしています。
花登さんと星さんの出会いは、星さんが1973年にドラマ『新・細うで繁盛記』に出演したことがきっかけだと言われていますが、出会った時には2人目の妻である元・宝塚歌劇団娘役で女優の由美あづささんと結婚しており、その後1974年に花登さんと由美さんは離婚。
その翌年に星さんと花登さんは結婚していますが、不倫関係を経ての結婚となっています。
花登さんとの結婚はうまくいっていた星さんでしたが、1983年に花登さんは55歳の若さで肺がんでこの世を去ってしまいます。
『死はあまりにも突然に』
花登さんとの日々が書かれた星さんのエッセイとなっています。
花登筐と星由里子
中には、花登さんと星さんの仲睦まじい写真も紹介されています。
星由里子は1990年に一般人男性・清水正裕と再々婚
1度目はスピード離婚、2度目は死別と、結婚では不運に見舞われた星由里子さんでしたが、花登さんの他界から7年後の1990年、同じ歳の一般人男性の清水正裕さんと3度目の結婚をしています。
清水さんもまた妻と死別しており、お互いに再婚同士であることがわかっています。
お仕事は旅行会社の役員、広告代理店などの説があるようです。
星由里子と清水正裕
生地によると、もともと清水さんの母親・はるゑさんと星さんが古くから付き合いがあり、その関係で息子である清水さんとの良縁に繋がったようです。
清水さんと再婚後は、星さんは清水さんの地元である京都に移住しています。
はるゑさんとも同居しており、はるゑさんが98歳となった最近まで、星さんは世話をしながら共に過ごしていたことがわかっています。
星由里子の子供について
生涯を通じて3度の結婚をしてきた星由里子さんですが、ご自身のお子さんはいらっしゃいません。ですが、3度目の夫である清水さんには前妻との連れ子である息子さんがひとりいます。
息子さんの名前は善満(よしみつ)さんと言い、星さんとの関係もとても良好だったと言われています。写真などは公開されていないようです。
善満さんはすでに結婚されて東京に住んでおり、星さんも東京に行く際には善満さんの家に泊まりに行っていたという話もあります。
星由里子が死去…死因は肺がんと心房細動、タバコが原因?
星由里子が肺がんと心房細動により死去
星由里子さんは、2018年5月16日に肺がんと心房細動によりこの世を去っています。
2番目の旦那さんである花登筐さんも肺がんで亡くなっており、奇しくも星さんも同じ病により亡くなっています。
映画「若大将」シリーズのマドンナ役などで活躍した女優の星由里子(ほし・ゆりこ、本名・清水由里子=しみず・ゆりこ)さんが16日、心房細動と肺がんのため亡くなった。74歳。葬儀は親族で営む。後日お別れの会を開く。
星さんは、前月の4月に心臓の手術を受けていますが、その術前検査で急遽肺がんが発覚しています。
星さんは、これまで2度の心臓の手術を受けている。4月5日が2度目の手術だったが、手術前の検査で肺がんが見つかり、精密検査の結果、5月2日にステージ4と告知されている。5月7日に急遽入院。肺がんの自覚症状はなかったという。
星さんを襲った肺がん(原発性肺がん)は、気管支や肺の一部の細胞にできるがん。死因は、男性の1位、女性2位(1位は大腸がん)だ。
がんのステージ4は末期であり他臓器への転移もしている状態を指し、星さんの肺がんはかなり遅くの発見だったようです。
5月上旬から京都市内の病院で入院治療していましたが、16日に容態が急変、夜11時5分に息を引き取った。晩年は夫の会社役員・清水正裕氏と、98歳になる義母の世話をしながら悠々自適に暮らす一方で、女優業も年に1、2本はこなしていた。昨年も『大岡越前スペシャル』(NHK-BSプレミアム)、『水戸黄門』(BS-TBS)にゲスト出演。歳を重ねても、彼女の代名詞である“清楚さ”は変わりませんでした」(在阪芸能記者)
末期ながらも本人に自覚症状がなかったことや、直前までドラマなどにも出演していたことから脳への転移などはなかったのではと推測されています。
肺がんの発見により星さんは5月7日に緊急入院していますが、亡くなる日の夕方には旦那さんの清水さんと一緒に夕食を摂っており、その夜に清水さんの腕の中で息を引き取ったことがわかっています。
亡くなる日の夕方、ご主人と一緒に病室でカレーと杏仁豆腐を召し上がったそうです。その夜、10分ほど苦しい時間が続き、夫に抱きかかえられながら死の壁を越えたようです。「だいぶ楽になったわ。ありがとう」とお礼の言葉を残して。
星さんは3度のご結婚をされています。男運が悪いと若い頃に言われたこともあったようですが、最期は愛する人に抱かれながらの平穏死でした。
星由里子の肺がんの原因はタバコ?
星由里子さんの死因のひとつとなった肺がんは、喫煙との因果関係が強いとされています。
肺がんの発症率は喫煙者は非喫煙者の約5倍とも言われていますが、その種類によっては非喫煙者に起こるものが多いものもあると言います。
肺がんは4種類
小細胞がん、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんの4種類があります。
その中でも、腺がんは非喫煙者にも多く見られる肺がんだと言われています。
腺がんは、太い気管支が枝分かれした先、肺の奥の細い気管支にできます。喫煙者に多い扁平上皮がんなどとは異なり、非喫煙者にも起こることが多いのが大きな特徴です。
腺がんが起こる要因には、たばこ以外に、遺伝や大気汚染、女性では女性ホルモンなどがあると考えられています。
星さんが喫煙者だったという情報は見当たらず、また、星さんは父親ががんで亡くなっていることからがん家系で体質だとも推測できます。
ですので、星さんの肺がんの原因はタバコではない、もしくは受動喫煙ということになります。
また、星さんの死因は肺がんと心房細動の2つという珍しいケースとなっており、相互的に死因になっているとも考えられます。
【心房細動の症状】
「どきどきする」、「胸が苦しい」、「階段や坂を上るのがきつい」、「息が切れやすい」、「疲れやすい」などの症状が多く、手首や頸部(首)の脈を計ると普段よりも速かったり、また速い・遅いを不規則に繰り返したりします。
全く症状がなく長い間にわたって気付かないこともあります。
引用:非喫煙者も危ない!? 肺がんの病期(ステージ)の種類と検査方法
星由里子と別れのとき…旦那・清水正裕が喪主、コメント
5月20日、住まいのあった京都市内の寺院で星由里子さんの葬儀・告別式が営まれました。
星由里子さんの棺に「とらや」の羊かん…告別式に200人 https://t.co/Kw0tIUSlSn 16日に心房細動及び肺がんのため74歳で亡くなった女優・星由里子(本名・清水由里子)さんの葬儀・告別式が20日、京都市内の寺で営まれ、親族ら約200人が最後の別れを惜しんだ。 夫・清水正裕さんによる… pic.twitter.com/gzwWM0AZBF
— Gnews (@Gnews__) 2018年5月20日
喪主は旦那さんである清水正裕さんが務め、星さんの棺の中には好物の甘いものや愛犬の写真、お気に入りの衣装や清水さんのネクタイなども入れられたことが明かされています。
夫の清水正裕さんによると、棺(ひつぎ)には思い出の品や好物を入れたという。「(冥土への)道中は長いのでおなかが減ってはいけないので、甘いものを入れました」。好物だったとらやのようかん、急きょ、取り寄せた山形県銘菓「ふうき豆」。約7年前に亡くなった愛犬「リュウ」の写真も入れた。夫婦がかわいがり、21年も長生きした柴犬だった。
また、清水さんは妻としての星さんについても以下のようにコメントしています。
夫の清水正裕氏は「撮影現場に一緒に行ったら有名人だったと思いますが、私にとっては気さくで優しい普通の女性だった。家族の、私の世話をしてくれてありがとう」と旅立った愛妻に感謝した。
星由里子の死去に、共演者やネット上の反応は
若い頃から国民的女優として活躍し続けた星由里子さんの死去に、共演者も追悼のコメントを発表しています。
【加山雄三さん】
突然の訃報(ふほう)に言葉もありません。
僕は君が先に逝ったことを信じたくないけど…澄ちゃんの存在は永遠だよ。
若大将映画の中でマドンナの澄ちゃんは見事に若大将と青大将を盛り上げてくれました。
若大将はいつも澄ちゃんの応援で頑張ってくることができました。
想(おも)い出は尽きないです。
【沢口靖子さん】
事務所の大先輩ですが、共演させて頂く度に、『あなたにぴったりの役ね』、『あなたの代表作になると良いわね』 またお会いする度に『がんばってるわね。見てるわよ』 といつも穏やかに優しくお声をかけて下さったことは忘れられません。3月にもお元気なお姿でお目にかかったばかりですので、まだとても信じられない気持ちです。心よりご冥福をお祈り申しあげます」と突然の別れを惜しんだ。
ネット上でも、星さんを懐かしむ声や惜しむ声が多数見られました。
星由里子さんといえばゴジラシリーズにも縁のある役者さんでした。やはり、ゴジラの昭和シリーズのヒロイン枠を演じていた方には、絶対的な華とオーラがありました。素晴らしい演技をありがとうございました。#星由里子 pic.twitter.com/kpVBpMcAAV
— バンサのエサ@西荻神推し (@senpokukanpoku) 2018年5月17日
凛とした #星由里子 さんを舞台「午後の遺言状」で拝見したのは、もう20年近く昔。新藤兼人氏とロビーでお話ししていらした。舞台上では「ゴジラ映画の女優さん」という先入観を覆す迫力だった。合掌。 pic.twitter.com/Fy12wlAyMS
— 昭和レインボー (@ShowaRainbow) 2018年5月17日
#星由里子
— Pakki@Mナンバー探偵 (@0463Zero4063) 2018年5月17日
追悼で放送しないかな… pic.twitter.com/MIaprGoF8G
母親役を演じる星さんの姿を、もう見られなくなるのが寂しいという声も。
22. 匿名 2018/05/18(金) 09:12:31 [通報]
科捜研の女でマリコさんのお母さんだったよね。親子3人のシーン、近年全くやらないけど大好きだった。
48. 匿名 2018/05/18(金) 09:24:34 [通報]
朝ドラ「あぐり」が大好きで、中でも星由里子さん演じるお姑さんが、優しく力強く美しかった。演技関係のない主演の田中美里さんをいつも支えて見守っていたそうです。
心からお悔やみ申し上げます。
星由里子の夫と子供・死因についてのまとめ
・星由里子は子供はいないが3度目の夫の清水さんの連れ子はいた
・星由里子の死因は心房細動でタバコが原因といわれている
若くからその清楚な美貌で女優として活躍し、晩年になってもそのかわいさは衰えず、輝き続けていた星由里子さん。
結婚関係では男運の悪さも囁かれていた星さんでしたが、再々婚した清水正裕さんとは幸せな生活を送り、清水さんに看取られての最期となっています。
これまで数多くの名作に出演されてきた星さんの姿は、これからも後々まで残っていくでしょう。
星さんのご冥福をお祈りいたします。